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08/02/18 在原晃士
ピアノの調律という行為はよく知られていると思いますが、調律の方法にも色々と種類があることは、意外と知られていないようです。当然ながら、調律法が違えば、鍵盤上で同じ場所を弾いても、出てくる音の高さは違います。
平均律は近代では圧倒的な(というより、ほとんど寡占)割合で使われているものです。ただ、
などなど、調律法それ自体はまだ色々とあります。特に平均律がここまで普及したのはせいぜいここ100年程度の話であり、一般にクラシック音楽と呼ばれる曲を書いた作曲者たちは、それぞれいまの調律法とは異なるかたちで音律を決めていたに違いありません。
さて……基本的に人は、振動数比が単純な整数比である場合に、いわゆる「澄んだ和音」だと感じ、協和音であるとされます。1:2だとオクターブの音、2:3が5度、たとえばドとソがそうです。4:5が長3度、ドとミがそうです。
ドから上方向に5度の音がソ、下方向に5度の音が(下のオクターブの)ファ、このソとファと、元になったドからさらに5度と長3度の音を導くと、それぞれファ・ラ・ド、ソ・シ・レ、ド・ミ・ソの音が取れます。で、これを順番に並べるとド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ・ドの音階が出来ます。これはそのまま純正律の音階になります。
こうして得られた純正律で調律されたピアノを使い、先程の3つの和音を中心とした曲を弾けば、おそらくは平均律で調律されたピアノを使うよりも、より澄んだ音を出すことができるはずです。
しかし、純正律により得られた音階の各音同士の振動数比を求めると、次のようになっています。
C-----D-----E-----F-----G-----A-----B-----C
| 8:9 | 9:10|15:16| 8:9 | 9:10| 8:9 |15:16|
(Cがいわゆる「ド」、以下Dがレ、Eがミ……です)
各音の間の幅が、音によって違っています。たとえばピアノを例に挙げて書けば、ドの鍵盤とレの鍵盤の間の幅と、レの鍵盤とミの鍵盤の間の幅(音の高さの差)が異なっているということになります。これでは、調を変えて演奏したいというときに、いちいち全ての音を調律し直さなくてはなりません。
ひとつのピアノで、複数の調の曲を演奏するには、鍵盤からつぎの鍵盤までの周波数比を、すべて一定にすればよいわけです。
オクターブ内を、12の音で等比的に分けるには、半音につき2の12乗根(12乗すると2になる数)倍の周波数に設定すればよいはずです。2の12乗根を計算で求めてみると、近似値で 1.0594630945。鍵盤中央の「ラ(A)」が 440 Hz なので、すぐ上のA♯は 440 × 1.0594630945 ≒ 466.16376158 Hz となります。(註:小数点以下がずっと続くことと協和音とは関係ありません……周波数の比率だけが問題になるので)
こうして得られた調律法が、平均律と呼ばれるものです。平均律で調律された(つまりは、いま世の中にある大抵の)ピアノの鍵盤上において、完全に小さな整数比で割り切れる和音は、オクターブの音だけです。例えば「ド」と1オクターブ上の「ド」は、ちょうど周波数が2倍の関係にあります。逆にいえば、オクターブの音以外のすべての協和音は、完全な整数比で割り切れていません。たとえば、本来2:3であるはずの完全5度和音は、平均律による調律の上では、1 : (1.0594630945)^7 ≒ 2 : 2.9966141565 ……まあ限りなく2:3に近い数字なので、聴いていて大抵の人は気にならないというだけのことです。
ピアノの調律は、その根本においてギターやバイオリンの調律とはまるで違います。広すぎる音域を再現するために、調律師は意識的に「調子外れ」を作り出さねばなりません。家や学校で聞き慣れていたピアノの和音が、実は意図的に調子外れにされていることを知っている人は、果たしてどれくらいいるんでしょうか? たとえば、同じオーケストラの中であっても、ピアノが平均律で調律されていれば、その他の楽器(たとえばバイオリン)のキーと音の高さに差が出ます。ピアノとバイオリンで同じキーの音を出しても、高さが違う、ということがありえるのです。
人は、無意識のうちに、音楽というものが人間が生まれる前から「あった」もののように捉えているところがある気がします。けれども、少なくともいまある音階は作為的に決められたものです。音程が振動数であるという観点から見れば、数学的に綺麗に作られた体系というわけでもありません。音楽よりも人が生まれた方が先に決まってます。1オクターブが12音階であること自体、人が勝手に設定したものにすぎないのです。
……音楽というものが、まるで自然から引き出されてきたものであるかのような、どこか神秘的なニュアンスで捉え始められたのはいつなんでしょう、その空気感や物語性は嫌いではないですが、音楽は明らかに人が作ったもののはずですよね。
参考文献
アニタ・T・サリヴァン『ピアノと平均律の謎』白揚社 1989
(2001年ごろに書いた文章を一部修正し、再掲載しました)
04/05/23 7:40