モアレ・ポートレイト
野生のモアレをつかまえるために
僕が子供のころ住んでいた家には、大きな掃き出し窓があった。窓についた網戸を開けると、壁と重なるように数センチのあいだを隔てて止まる。そこに強い直射日光が当たると、壁に網戸の影が落ちる。網戸を通して「網戸の影」を見ると、なにやらチラチラと、あるはずのない大きな模様が見える。目の焦点が合わないような不思議な感覚が楽しくて、飽きずにずっと眺めていた。そのパターンをモアレと呼ぶと知ったのはずっと後になってからだったが、ともかく僕にとってのはじめてのモアレ体験は、網戸と網戸の影であった。
網の目のような一定のパターン2枚を少しずらして重ねると、元になった網目とは異なる周期性を持つ新たなパターン、モアレがあらわれる。あたらしい本を作るにあたり、このモアレを画材としてとらえてイラストを描けないだろうか? と思い立った。まず、モアレをアプリケーション上で再現してみる。Illustratorを使って、一定のパターンを持ったオブジェクトを2つ用意し、若干ずらして配置する。するとそれだけで、予想もつかない複雑な模様が現れた。
うん、やってみると、なかなか面白い。だが、どこかもの足りない気もする。コンピュータによって完全に制御されたズレはズレと呼べるのだろうか? あの網戸と網戸の影のあいだに見えた模様には、意図せずまったく偶然生まれたからこその力強さがあった。僕は人工的なモアレではなく〈野生のモアレ〉を見たいのだ。
そこで目をつけたのが、リソグラフ印刷だ。コストを抑えていくつもの色の版を重ねることができるのが特徴だが、原理上、版を重ねるたび2〜3mm程度の版ズレが発生し、しかもそのズレ方は1枚刷るごとに変わってしまう。一般的には忌避される性質だが、これを逆手に取り、モアレ模様を出すために使ってみることにした。イラストの中に意図的にモアレを引き起こすパターンを入れて刷ったうえで、版を変えて位置をずらした別のパターンを印刷する。当然、1枚刷られるごとに意図せぬ版ずれを起こし、しかも毎回ずれ方が変化する。すると、モアレ模様の出方も1枚刷られるごとに毎回変化するのだ。そう、モアレに作者の意図を超えた〈個体差〉が生まれる!
こうして、複製物でありながら1冊1冊が異なる〈野生のモアレ〉があしらわれたイラストを眺める本が完成した。この本におさめられた、あなたが見つめている、何とも形容しがたいざらついた模様は、あなたが持っているこの本固有のものだ。ある種の偶然によって生まれた天然物のモアレの味わいを感じ取ってもらえると、とても嬉しい。
2024年10月 robamoto
タイトル | モアレ・ポートレイト |
仕様 | B5 / 24p リソグラフ3色刷り |
頒価 | ¥1,000 |
著者 | robamoto |
発行日 | 2024年11月17日 |
入手方法 |
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